2015.09.10 鶏頭山の話
早池峰山から西に伸びる尾根の先に、鶏頭山がある。早池峰山頂から尾根を縦走してもよいが、鶏頭山だけを登る場合は早池峰神社のある花巻市大迫町岳集落から日帰りで行ける。岳集落の入口で岳川にかかる橋を渡り400mほど進むと登山口があり、ここから登山道はひたすら樹林帯を登る。標高500mから登り始めるので、夏は暑い。アブやブユが寄って来る。視界も開けずただただ登るので早池峰山より疲れるような気がする。しかし我慢して登り続けて標高1170m付近の避難小屋を過ぎ、さらに10分ほど登り、ぱっとハイマツ帯に出て展望が開けた時の爽快感はなかなかのものだ。



早池峰山の小田越コース一合目の展望より、そこへ至るまでの苦労が大きいので喜びも大きい。花も早池峰山に負けないくらい豊富だ。生えているのは早池峰と同じような蛇紋岩植物で、しかも早池峰山より温暖なためか早く開花する。そして狭い範囲に花がいろいろ咲いているのでまとめて楽しめる。

短い鉄梯子がいくつか架けられた碧い蛇紋岩の岩場を越えてやっと頂上に着くと、石のお地蔵様が迎えてくれる。




ほっとして標柱を見ると、



ニセ鶏頭



ニセ鶏頭…



ニセ鶏頭?

ニセ…けいとう?

ここは鶏頭山頂ではない?

鶏頭山頂はさらに先だと?



初めてこの山に登った時、この看板を見て本当にがっかりした。やっと山頂に着いたと思ったのに。そしてここから三角点のある山頂までさらに30分くらいかかる。しかし山頂の方は特に特徴も無い、なだらかなピークで感動もあまりない。


三角点のある鶏頭山頂(後方は手前が中岳、奥が早池峰山)

ところで、お地蔵様まで祀られている頂きが何故「ニセ」鶏頭なのか。これは簡単に見過ごせない問題なのである。

鶏頭山の名前の由来は、山頂の岩場があたかも鶏のトサカのような形状をしているからだと考えられる。とすると、こちらが本来は鶏頭山の山頂ではなかったのか。そのことを、元大迫町文化財調査委員で郷土史家の小野義春氏は次のように書いている。

「山名の鶏頭山の由来は、名が示すように頂上の岩場が鶏頭に似ているところから名付けられた。『巖手縣管轄地誌 第三號之三』は明治九年(一八七六)八月に編輯された陸中國稗貫郡内川目村の「村誌」であるが、それには、山名の起因が示されている。
  鶏(※旧字体・筆者注)頭山 早池峰ノ支山ニシテ西ニ卓出ス、巓頂ニ亂石ヲ頂ク、遙ニ之ヲ望メハ鶏(※)頭ノ如シ、因テ名ツク
とあり、「巓頂」の「亂石」の形に基づく。この巓頂は国土地理院地形図に示す山頂(一四四五m)のことではない。(中略)最も典型的な景観としては、大又の新山川、新山橋付近からの眺望であろうか。「遙ニ之ヲ望メハ鶏(※)頭ノ如シ」とは、この付近を視点とする視角と考えられる。」(中略)



花巻市大迫町内川目大又地区付近からの景観(筆者撮影)


手前がお地蔵様のある岩場。奥の三角点のある山頂は目立たない。


雪が積もるとよく映える。 2012年12月


冬場も比較的よく登られている


小野氏の主張に話を戻すと、

 「乱石をいただく岩場には石造りの地蔵が祀られている。延命地蔵である。しかし原鶏頭としての由緒と歴史は忘れ去られ、心無い一部登山者によって昭和三十年代初頭あたりから「ニセ鶏頭」などと汚名的名をきせられるようになった。(中略)これは草鞋履きの登拝(信仰登山)から登山靴を履いた登頂(スポーツ登山)への変わり目で起きている。」(小野義春「大迫の地名(9)鶏頭山は地蔵の山」2009年 より)

とし、「ニセ鶏頭」の呼称は本来の由来を無視して着せられた汚名であるとしている。大迫町山岳博物館の元館長だった故一ノ倉俊一氏もまた、ニセ鶏頭という呼称に異議を唱えていた。

「ニセ○○という名は、近代登山の時代になって、いわゆるアルピニストたちが各所に命名した俗名である。彼らは最高点への登頂を重視し、その最高点への途次に似た山の形があると、目的の山頂かとだまされると称し、ニセという不愉快な名称を付した。景観的に鶏頭に似た地点であっても、それが彼らの考える真の山頂、すなわち最高点ではなく、その肩に位置するに過ぎないとして、勝手に名を変えたと思われる。
 山岳信仰の時代は地形景観重視の時代、近代登山の時代は海抜高度重視の時代、ということができよう。山に対する人々の心持のありようとしては、前者が本来のものである、と筆者らは考える。」(一ノ倉俊一・米地文夫「早池峰山の地形景観と地名・伝承との関係」『研究調査報告書 早池峰の自然環境』社団法人東北地域環境計画研究会、平成21年。)


つまり、「ニセ鶏頭」なる名称は昭和時代に登山者によって通称として付けられた名称に過ぎないのである。ところが今では全国の登山者が使用する昭文社の「山と高原地図」にもニセ鶏頭の名称が記載されている。
そもそも国土地理院が三角点を設置するときに、現在の「鶏頭山頂」は、その付近では最も標高が高いゆえに山頂と目されたのであろうが、そこが鶏頭山頂だと一体誰が言ったのだろうか? たとえ三角点は標高の高いところに設置したとしても、山頂の名称は歴史的経緯からすれば地蔵菩薩の頂きの方に記すべきだったのではないか。
あるいは山頂を標高の高いピークにしたとしても、岩手県が「ニセ鶏頭」を表示する必要はなかった。県が「ニセ鶏頭」の名称をさも公式の名称であるかのように標柱に記して設置したことが俗称の定着を招いたと言える。このような不名誉な名称は一刻も早く訂正し標識は取り除くべきではないだろうか。山頂の移動が難しい問題であるならば、とりあえず「ニセ鶏頭」の表示を外し、「鶏頭山」としておいて(三角点の方は「鶏頭山頂」など)もよいだろう。

折しもアラスカのマッキンリー山が先住民族の呼称であるデナリに米国政府によって正式に変更されたというニュースが入って来た(8/31)。引き合いに出すには知名度が違うが、「発見者」や「征服者」による呼称の押しつけが訂正されるべき時代は少し前から来ているのである。







この話は去年すでに県の担当課には伝えてあるのだがその後どうなったのだろうか…

スポンサーサイト
Secret