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2019.08.20 新たな脅威
8月に入ってから今まで、早池峰山で一番の話題はハヤチネウスユキソウに大量の頭なし個体が発生していることです。

ハヤチネウスユキソウの頭(頭花と苞葉からなる、いわゆる「花」のように見える部分を、便宜的にそう呼んでおきます)が切断されているものが最初に見つかったのは7月20日でした。地元山岳会の会長さんが見つけ、筆者も同日確認。


7月20日 小田越コース

これは小田越コース七合目〜八合目間の登山道脇に一つだけ発見されました。切断面が鋭利な刃物で切断されたように見え、人が盗採したものではないかと思われました。
人による盗採であれば、自然公園法・森林法・文化財保護法など複数の法律に違反する行為です。


次にハヤチネウスユキソウに切断が見つかったのは8月3日。小田越コース五合目のすぐ下で、同僚の自然公園保護管理員が登山道脇に2個体を発見。翌4日、別の管理員は3個体と認識。筆者はそれを聞き8月7日に確認に行きました。

するとその場所には、こちらに1本、あちらに2本…と、数えていくと約30m×30mほどの範囲に、かれこれ50本以上の頭なしハヤチネウスユキソウが見つかりました。これほどの規模のものとは聞いていなかったので驚きました。取られた頭の部分は99%以上、持ち去られて見当たりません。


8月7日


8月7日


8月7日


8月7日


8月7日


8月7日

これらの頭なし個体の分布を見て、私は(これは人ではないのでは…?)と感じました。違法行為にしては目立ち過ぎる場所で取られていることと、その選択のランダムさから人間らしくない気がしたのです。人でなければ動物ということになりますが、一体何が…? 切り口は鋭利な切断面ではなく、ちぎられたような跡です。

最近早池峰山で植物への食害を広げている動物にニホンジカがいます。早池峰山のニホンジカは夏の間五合目より標高の高い場所まで上がっていますので、可能性はあります。しかし、これまでハヤチネウスユキソウにニホンジカらしい食痕は確認されていませんでした。8月7日に確認した現場では、ハヤチネウスユキソウのみが損傷を受けていて、これまでの傾向からシカが好むと思われるナンブトウウチソウや他の植物には全く被食痕が認められなかったのです。それに、付近にはニホンジカらしい目立った足跡や新しい糞はありませんでした。
犯人は人間なのか動物なのか、一体何者か…?私は頭にたくさんの疑問符を浮かべながら山を下りました。

次の報告は8月11日。やはり自然公園保護管理員が、今度は閉鎖中の河原坊コースの登山道脇で、ハヤチネウスユキソウの頭がないものを複数見つけました。私は翌12日に現場を確認に行き、標高1500m〜1515mの範囲の登山道脇に56本まで写真に撮って数えました。


8月12日 


8月12日 


8月12日 


8月12日 

そこからやや標高を下げた頭垢離と呼ばれる沢沿いの斜面には、昨年から東北森林管理局が設置した防鹿柵が立っています。昨年50mの長さのネットで高山植物群落を囲い、今年はそれを拡大して150mとしました。


8月12日 東北森林管理局の柵

その柵の外側に、ハヤチネウスユキソウの上部のないものがやはり複数本ありました。



そして…森林管理局のネットの下には高さ40cmほどの隙間ができていて…




柵の中にも頭のないハヤチネウスユキソウがありました。

ここに至って、一連のハヤチネウスユキソウの大量切断の原因は人間によるものではないとの確信を私は得ました。河原坊コースは現在閉鎖中です。また、コース上でシカを監視するセンサーカメラに人は写っていませんでした。さらに囲われた柵の中の切断個体。

そして、小田越コースでの切断も、一度に行われたのではなく日を追って増えたことがわかったのです。
8月7日に私が五合目の手前で50本以上を数えた時、三合目〜四合目あたりのハヤチネウスユキソウは無事でした。それが、8月11日にそこを通った管理員は切断個体の複数あることを発見したのです。

8月14日、私は8月7日には無事だった三合目〜四合目のエリアで多数の頭なし個体があることを確認しました。


8月14日 小田越コース三合目

そして8月7日に確認した五合目の下へ行ってみると、7日には無事だった株で、11本のうち10本の頭が新たになくなっているのに気づきました。


これがその株群です。


幸い、8月7日に撮った写真の後方に写っていました。


こちらが8月14日。

これらは、8月7日から14日の間に損傷を受けたことになります。人間が、これほどの規模で繰り返し盗採を行うことは可能性として低いものと考えられます。

8月15日、台風が近づく強風の中、私は小田越コースを山頂まで往復しました。その時、七、八、九合目のハヤチネウスユキソウに異常は認められませんでした。

8月18日。台風一過で青空が広がり登山者も多数訪れました。私は七合目と八合目間に数株の頭なしを認め、鉄梯子を登り、九合目の手前、標高約1870mの登山道脇のハヤチネウスユキソウ群落を観察しました。
そして、ここにもついに被害が及んだのを確認しました。


8月18日


8月18日


8月18日

その数60本以上、この5m×10mほどの範囲に開花した個体全体のおそらく半数以上は無くなっていました。

私が小田越コースと河原坊コースの登山道に近い場所でざっと確認しただけで、頭のないハヤチネウスユキソウは合計で200本以上になります。これは、たったこの2週間の間に起きたことなのです。

ハヤチネウスユキソウは多年草であるため、種子を含む花の部分が失われてもすぐに絶えることはありません。しかし、同じ動物により毎年被害を受ければ、次第に個体数は減ってゆくでしょう。

仮にこれがニホンジカによる食害であれば事態は深刻と言わざるを得ません。これまでシカがハヤチネウスユキソウを食べなかったからと言って決して食べないとは言えません。早池峰山で、シカは毒草とされるコバイケイソウを好んで食べています。今起きていることは全く新しい事態かもしれないのです。登山口ではすでに数種類の植物がシカの食害により姿を消しつつあります。シカがハヤチネウスユキソウを食べることを覚えてしまったら…来年以降、これまでのような悠長な対策を取っていては取り返しのつかないことになります。早池峰山でハヤチネウスユキソウが見られなくなる、そんな日が数年の内にやって来るかもしれないのです。

早池峰山の貴重な自然を代表するハヤチネウスユキソウ。その大規模な損傷を、放置したままにはできません。早池峰山を保護する関係者は一日も早く原因を突き止め、対策を考える必要があります。現在、岩手県はシカ監視用に設置しているセンサーカメラを利用して原因を特定するために動き始めています。

追記:
8月21日に新たに、山頂から稜線を西へ向かう縦走コース上(アキラケルンまで)の登山道脇3箇所で計101本の頭なしハヤチネウスユキソウを確認しました。被害の広がりに驚いています。


8月21日 縦走コースで

追記2:
8月24日、小田越コース九合目から剣ヶ峰方面の稜線上の登山道わきで、歩きながら数えて76本の頭なしハヤチネウスユキソウを確認しました。その辺りでは花茎の立った個体の7割ほどが失われているように見えました。


8月24日 九合目〜剣ヶ峰間の稜線上で

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