今年で19回目を数える「おおはさま 宿場の雛まつり」が、今日まで開かれていた。
盛岡と遠野を結ぶ街道の宿場町として栄えた大迫の旧家には、江戸や明治の雛人形が多く残っている。昔、子供たちが家々に飾られたそれらを見て歩いた風習を復活させたのが「おおはさま宿場の雛まつり」で、花巻市と合併する以前の旧大迫町時代に始まった催しである。
今年は最終日になってようやくまとまって見ることができた(とはいえ、全部の会場を回ることはできずほんの一部にとどまる)。※雛人形の写真は許可を得て撮影した。


今朝は雪の少なかった今シーズンでは久々に雪が30cmほど積もった。


大迫バスターミナルの向かいにある「ホームショップちかむら」。生活用品や雑貨を扱う店の一角お雛様が飾られている。


ここのお雛様のメインは整った顔立ちの古今雛。以前、ポスターにも採用されたように記憶している。




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珍しい紙製の立ち雛を見つけた。雛人形としては享保雛以前の古い部類のものらしい。仕舞うときは油を塗るという。


今年は十数年ぶりに花巻人形も出したのだと、店のお母さんが教えてくれた。おおらかな雰囲気の花巻人形のファンも意外と多い。


かわいい。




ところで近村家には通年で「坂倉登喜子さんコーナー」が設けられている。坂倉登喜子さんはエーデルワイスのグッズを蒐集していた登山家で、早池峰山を何度も訪れ、大迫のサークルと親交の深かった方である。その蒐集品は寄贈されて今はなき大迫町立山岳博物館に展示されていたこともあった。しかし現在では花巻市に寄贈された大量のエーデルワイス・ウスユキソウ関連グッズコレクションのほとんどは人目に触れずしまわれている。近村商店ではそれとは別に寄贈されたものを展示しているということである。お店のお母さんは、坂倉さんは早池峰山とエーデルワイスによる大迫の町おこしを願っていて、自分のコレクションもその役に立ててほしいと寄贈された、と話していた。世界中の民芸品を、エーデルワイス/ウスユキソウで横断的に集めたコレクションは他にはまずないと思われるので何か展示施設があってもよさそうなものだ。街なかに展示館でもあればよいのだろうが、個人の商店の一角では限界があると思われた。いずれ、早池峰山に来る登山者は今はほとんど大迫の市街に寄らずにバイパス(国道396号)を通って日帰りする。盛岡と遠野を徒歩で往来した時代とはまったく動線の変わってしまった大迫の町には、「何か」がなければ人は立ち寄らないのである。お雛まつりもその「何か」として復活されたものだ。


「宿場の雛まつり」メイン会場の交流活性化センター



もう一軒、今年は川原町にある「やなぎだ」を覗いてみる。立派な享保雛がある。







他の人形と不揃いなのは、昭和20年代のアイオン・カスリン台風による水害で流されてしまったからだと、お店の方が話してくれた。また、人形の十二単の袖の中には綿ではなく檜のおがくずが詰め込まれていて虫除けになっているのだという。大迫のお雛まつりではお店の人やボランティアさんが親切にいろいろと説明してくれる。


ところで、先日、東京は目黒雅叙園で「百段雛まつり みちのく雛紀行」を見て来た。



ここに今年、大迫由来の雛人形が3組展示されている。百段階段での雛人形の展示は今年でシリーズ第7弾ということで、これまで九州やら北陸やら、各地の雛人形を展示してきて今年が東北らしい。百段階段の右側に並ぶ部屋の一番下から続けて二つの部屋に大迫の雛人形が展示されていた。「十畝の間」に展示されているのは「花巻のお雛さま」となっているが、もとは大迫の商店にあったものが花巻市博物館に寄付されたもの。次の「漁樵の間」には大迫から二つの家のお雛様が貸し出されている。雅叙園ではそれなりの入場料を取って係員も立っているが、大迫のような親切なボランティア解説はなかった。「ところ」や「雛人形の左右」などについて疑問に思っても解説してくれる人はいない。本当に町の人が生活の中でやっている催しとそうでないものの違いであろう。大迫は宿場町であったせいもあろう、人におもてなしの心があふれているのである。ちなみに目黒雅叙園は展示会場の写真撮影が禁止されているので写真はない。

「おおはさま 宿場の雛まつり」は3月3日の今日終わってしまったが、目黒雅叙園「百段雛まつり みちのく雛紀行」は3月6日(日)まで開かれている。

リンク>目黒雅叙園「百段雛まつり みちのく雛紀行」




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