2013.05.27 緑の少年団
先週、地元の子どもたちが河原の坊におそうじに来てくれました。花巻市大迫町の内川目小学校の3・4年生です。毎年山開き前の5月に、河原の坊の駐車場とキャンプ場のゴミ拾い、そしてトイレ掃除をしてくれます。




赤い帽子に緑のスカーフ、岩手県緑の少年団。


県道のゲートが開いて間もないのですが去年からのものかゴミは落ちています。


トイレもきれいにしてくれました。

ひたむきな子ども達の姿を見ていて、ふと思いました。このゴミは誰が落としていったのだろうかと。登山客のほとんどは大人です。大人が落としていったのです。大人が故意か不注意か、理由はともかく落としていったゴミを子どもが拾ってくれています。恥ずかしいことです。

早池峰を訪れる登山者からはよく、「ゴミのないきれいな山ですね」と言われることがあります。なぜゴミがないのでしょうか。早池峰に来る人は皆、ゴミを捨てない善い人たちなのでしょうか。そうではありません。落ちているゴミを、いろいろな人が拾っているからです。よく注意すればどんなゴミが落ちているか、一端をお見せします。


「はちみつきんかんのどあめ」の包み紙。


ビタミンレモン。


黒飴。

数が一番多いのはおそらくこうした飴の包み紙です。


カメレオンキャンデー。色が変わるのかなあ。


栄養ドリンクか何かのキャップの輪っか。


今はもうない缶のプルタブ。年代ものです。


小屋に使用済みペットボトルを置いていってくれる人もあります。いらんわ。


山頂付近の岩の間にはこうしたゴミがたくさん捨てられています。


ミヤマオダマキの咲いているそばの岩の下に、グレープフルーツの皮を押し込んだ例。


バナナの皮。


バラン。


ひとくちようかんを一口食べて落としちゃった。拾って帰りなさい。


こういうのはナニの跡ですかねえ?

山頂周辺で今も土の中から顔を出すビンやカンを見れば、昔はもっとゴミが多く、平気でその辺に埋めていたことが伺えます。それを思えば登山客全体のマナーは向上しているのかもしれません。でも、ゴミは落ちています。どうしてゴミを落とすのでしょうか。飴の包み紙などはうっかり落とすことも多いでしょう。でももっと大きなゴミも落ちています。ゴミを置いていく人はきっと家の中も汚いんだろうな、と想像します。

山に来る人は自然を愛しているのだから自然を汚すはずがない、なんてそんなことありえません。世の中にはきれい好きな人もいれば身の回りが汚くても気にしない人もいて、そういう人々がそのまま山に来るだけです。気にしない人は、家の中でも誰かがその人の落としたゴミを拾い、片付けている、ということにすら気付かず暮らしていることでしょう。山でも同じなのです。気付いた人が見つけるたびに拾って歩いているのです。

わざと捨てていくのは問題外です。多くの登山客が昼食をとる山頂周辺では昼食のゴミが草むらや石の間に隠して捨ててあったりします。こういう人は自然を愛してなどいません。山に来ていい気分の自分を愛しているだけです。昔、富士山でガイドをしていた時、あまりのゴミの多さに見かねて拾いながら下山していたら、道端で弁当を食べていたおばちゃんが「あら、ゴミ持ってってくれるの」と言いました。一体山に何をしに来ているのでしょうか。

そんなことを言っても仕方がないのです。わかっています。

でも、自分の捨てたゴミを子どもに拾われたら恥ずかしくありませんか。


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